D iary − music, life and others 2006
 
scepter
 
Sunday,31/12/2006
馬鹿かお前は(雪平じゃないが)
『紅白』、あんな馬鹿は出すべきじゃなかったですね>NHKさん。この番組は、小さい子供からお年寄りまで見てるでしょう。お下劣はよそでやってくれ>馬鹿。全くあんな下手物が受けてるようでは、「美しい国、日本」も「品格」もあったもんじゃないですな。
倖田來未も似たようなもんだ。露出を多くすりゃいいってもんじゃないんだよ。倖田に比べたら、「あんたはマリー・アントワネットか?」と突っ込みたくなる、一人演劇(劇団ひとりか(^^;)の浜崎あゆみもかわいく見えた( ̄ー ̄;。
さて、この辺で特に良かったor印象に残った所を出演順に述べますと、まずSEAMO「マタアイマショウ紅白ミックス」。この曲は以前『TVタックル』のエンディングで流れてたことがあって、いい曲だなーと思っていた。
スガシカオ「Progress」はNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』の主題歌。イントロから、あの番組の構成、イメージにぴったりなんですよね。番組始めの部分で、既にじーんと来るんですよ。
平原綾香「誓い」。NHKのトリノ五輪テーマ曲。戦う選手たちを励ますに相応しい、いい曲でしたね。胸が熱くなるような。
そして絢香「三日月」、良かったよ。何度聴いても、やっぱうまい、と思う。
スキマスイッチ「ボクノート」。最後の「目の前にあった」の後、大橋君がすごいいい顔になったのが印象的だった。
アンジェラ・アキ「HOME」。彼女はいつも自然体だね。正に歌で勝負しているアーティストだと思うよ。今回、馬鹿の後だっただけに、やりにくかったんじゃないか。かわいそうに。しかし馬鹿の馬鹿さ加減で、彼女の清楚さ、歌のうまさが余計に際立ったようにも思う。
コブクロ「風」。うまいねえ。最後の方、ギターも止めてアカペラになってたね。昨日は黒田君て書いたけど、小渕君もうまいで。ほんま。
そして、ドリカム「何度でも LOVE LOVE LOVE 2006」。「10000回だめで 望みなくなっても  10001回目は 来る」の所でいつも涙出る。いい曲過ぎますよ。
馬鹿もおるが、素晴らしい音楽を届けてくれる人たちもいる。希望はある。
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Saturday,30/12/2006
結果発表
『第48回輝く!日本レコード大賞』結果出ました。絢香さん、最優秀新人賞おめでとう。氷川きよしの大賞は、まあ分かる。基本的に演歌の人は歌はうまいので。しかし、最優秀歌唱賞が倖田來未というのは納得行かない。どう考えてもコブクロ・黒田君の方がうまいやろ( ̄ー ̄;。選考委員はどういう基準で選んでるんだか。まあ、毎年あるこういう賞は、必ずしもうまい人が選ばれるとは限らないんで。例えば、スポーツ、野球なんかは分かりやすい。はっきり数字が出る。打率何割、ホームラン何本、投手なら何勝等。その一番いい成績を挙げた人が今季の最優秀ということになる。が、芸術の場合は難しい。人によって感覚は違う。売上げを挙げたからといって、芸術的に優れているとは限らない。世の中、馬鹿みたいな歌が売れたりするから。訳の分かっていない子供が買うんだろうけど。ともかく、私に言わせれば、倖田來未は所詮浜崎あゆみの二番煎じに過ぎない。倖田の歌を浜崎が歌っても変わらんやろ。子供たちのファッションリーダー的存在が浜崎から倖田に移っただけだと思っている。
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Monday,25/12/2006
年末だから
『第48回輝く!日本レコード大賞』希望込み予想。絢香の最優秀新人賞は堅い。大賞、最優秀歌唱賞は、この中から選ぶなら、コブクロかスキマスイッチ。どちらもええ曲。どちらも歌で堂々と勝負するアーティストです。倖田來未と大塚愛はどこがいいのか分からん( ̄ー ̄;。あれぐらいの歌唱力なら、素人でもうまい人はいる。ファッション等が子供に受けてんのかなと思っている。
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Friday,08/12/2006
うまい人が好き
先日、『2006 FNS歌謡祭』で、AIや絢香、ミスチル等見られて良かった。途中から見たんで、ドリカム「ファン投票ベスト3曲のヒットメドレー」が既に終わってたみたいで残念なんだけど…。AIちゃんも絢香ちゃんもめっちゃ歌うまい。802ではお馴染みのアーティストですね。
最近思うのは、実力派アーティストが、実力通りに、世間一般に広く認められるようになってきて、いい時代になったなあということ。特に女性アーティスト。90年代なんて小室系全盛時代で、私には関係無かった( ̄ー ̄;。まあ今でも「何とか系」の人たちはいるんですが、聴く方の趣味も多様化してきて、「これ一色」という時代ではなくなってきた。私としては、今後もうまい人たちがどんどん認められるようになっていってくれるといいと願いますね。逆に、どう聴いてもヘタクソな歌でお金取る人たちって、プロとしてどうなのかと思いますね( ̄ー ̄;。まあ、小さい子供たちに受けたりするのかも知れんけど…。
いいアーティストはファンに長く愛され、支持されるものだと思います。私のスピッツファン暦もかなり長くなったなあ(しみじみ)。いいアーティストは時代を超えますわな。
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Sunday,29/10/2006
こちらが正論ですよ>『正論』
10/26付朝日新聞朝刊 「歴史と向き合う 第4部 『帝国』の記憶 5 − 『過去を学ばねば流される』 『東京裁判は時代の区切り』 衆院議長・河野洋平氏インタビュー」 ウェブ上再録

――ベトナムのズン首相を国会に迎えた19日のあいさつで、「先の大戦で、我が国の軍政下において(ベトナムに)多数の餓死者を出したことを忘れてはならない」と言及されました。歴史問題に踏み込んで発言されているのはなぜですか。
「戦争の記憶が風化していると感じるからです。私は国民学校の1、2年生のときに空襲を受け、防空壕に飛び込みました。戦争の恐ろしさを体で知る最後の世代です。戦争を体験した人たちは、あの戦争はやるべきではなかったとの意識が強かった。時が立ち、世代が代わると、それが薄れてきているから、心配しているのです」
――若い政治家の間では、日本の過去に誇りを持つべきだという意見が強いようです。
「世代の問題ではなく、事実に目をつぶり、『なかった』とうそを言うことは恥ずかしいことです。知らないのならば、学ばなければならない。知らずに、過去を美化する勇ましい言葉に流されてはいけません」
「先の大戦で、日本はアジアの人々に多大な苦しみを与えましたが、日本国民だけでも、民間人を含めて犠牲者は300万人を越えます。なぜ、これだけの人が亡くなったのか、うやむやにすべきではありません」
――6月の沖縄慰霊の日の追悼でも、開戦判断の誤りと戦争が沖縄に強いた犠牲の検証を呼びかけていましたね。
「沖縄戦では、日本側で20万人の人が亡くなり、半数は女性や子供を含む民間人です。本土決戦のために時間を稼げとの指示があったと言われています。もっと早く政府が終戦を決断できれば、死なずにすんだはずです。太平洋の島々で亡くなった兵隊は多くは餓死、病死です。後方支援も食糧確保の見通しもないまま派遣した軍の指導者に責任はないのでしょうか」
――戦争責任を取り上げたのは、連合国の極東国際軍事裁判(東京裁判)ですが、この裁判は、評価が割れています。
「難しい問題です。米国による非人道的な原爆の投下や、終戦直前に参戦したソ連の乱暴狼藉など、勝者の側の行動は裁かれていません。被告の選定では、政治的思惑も働きました」
「しかし、裁判によって、法廷での証言や証拠で、戦争に至る道のりが明らかになったことも忘れてはなりません。また、日本人の手で裁こうとしたならば、責任の押し付け合いで、もっとひどい裁判になった可能性も否定できません。何よりも、政府は、1951年に調印したサンフランシスコ平和条約で、あの裁判を認めているのです」
――異議を唱える立場にないというのが政府見解ですね。
「東京裁判を認めることで、日本は独立を回復、国際社会に復帰しました。経済大国になった今になって、前言を覆すことができますか。亡くなられた後藤田正晴・元法相は、『あれが戦後日本の原点だよ』とおっしゃっていた。国民も裁判をひとつの区切りとして、次の時代へと進んでいったのです。歴史の議論は自由にやるべきでしょうが、政治の判断は、そこをないがしろにはできないはずです」
――歴史をめぐっては、安部首相のように「歴史の評価は、歴史家に委ねるべきだ」という意見もあります。
「『歴史家に委ねる』というのは、本来はその通りだと思います。しかし、主流の歴史家の間でほぼ確立して、国際社会でも常識になっている問題で、『その通り』と率直に言わずに、『歴史家に委ねる』などと言うから、おかしくなる。本来の意味は、政治家が信念に基づいて行動し、批判を浴びた場合に、『いや、私は自分の行動が正しいと思う。後世の歴史家には理解されるだろう』ということでしょう。政治のトップが歴史問題でどういう態度をとるかは、国のイメージや外交に大きな影響を与えます」
――安部首相は就任後は、植民地と侵略の歴史を認めた「村山首相談話」や、従軍慰安婦への旧軍関与を認めた「河野官房長官談話」を受け継ぐと表明しています。
「大局的な判断に立ったもので、よかったと思います。公の地位についたときに何をするかが重要です。タカ派と思われた人が、対外関係を好転させたことは、ニクソン米大統領の米中和解、福田首相の日中平和友好条約の締結など多々あります。首相の判断は正しいし、今後もこの方向で外交に取り組まれると思っています」
(聞き手 論説委員・三浦俊章)

-End-

河野氏はまともなことを仰っている。「世代の問題ではなく…」の所等、よく言って下さったと思う。「事実に目をつぶり、『なかった』とうそを言うことは恥ずかしいこと」だと肝に銘じるべきです。又は、「そんな事実は無かった」と思い込む妄想に囚われてはいけません。彼のような「戦争の恐ろしさを体で知る最後の世代」がいなくなった時が危ない。戦争を身をもって体験していない世代でも、事実を直視し、真っ当な認識に立った政治家が少しでも増えることを願ってやみません。
ちなみに、『正論』(産経新聞社)は、「シナ側こそが侵略者」(兵頭二十八氏、05年8月号)、「村山談話は全くもって不必要だった」(安部首相のブレーン・八木秀次氏、06年11月号)等という主張を掲載しているらしい。もはや「正論」ではない。「妄想系」とでもタイトルを替えたらどうか。
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Sunday,24/09/2006
神でも悪魔でもない
2006/08/08から2006/08/28まで朝日新聞夕刊に掲載された「ニッポン人脈記 − 戦争 未完の裁き」は非常に読み応えのあるシリーズでした。残留日本兵、BC級戦犯の親族、近衛文麿のひ孫、東条英機の孫、原爆の罪を問い続けた弁護士―。様々な立場の人々の思い、主張が書かれており、興味深かった。以下、特に心に残った記述を挙げておく。

「戦争に熱狂し、一番気合が入っていたのは、たとえば在郷軍人会や町内のおじさんたち。何かあるとすぐ『そんなことで勝てるか!』 『国賊!』でしたからね」
(作家、劇作家・井上ひさし氏  2006/08/14付 同シリーズ 5)

「A級戦犯を神にも、悪魔にもせず、人間としてとらえ直すことが、過去の清算と共通理解につながる」
(韓国の映像ドキュメンタリスト・鄭秀雄氏  2006/08/18付 同シリーズ 8)

昭和天皇の責任も問われなかった。木戸は巣鴨拘置所に入る前に天皇と食事し、「日本が平和国家として世界の一員に復帰するとき」、つまり講和のとき、退位することを勧めた。のちに木戸は「陛下は大元帥なんですから。憲法上、戦争の最後の責任者なんですから」と語っている。
(「木戸」は天皇の重臣でA級戦犯の内大臣・木戸幸一  2006/08/28付 同シリーズ 15)

「戦死といっても3分の1は餓死でした。日本軍は部隊に食糧を現地調達させた。中国では略奪し、南方では飢え、どんどん死んでいった。兵士の命をあれだけ粗末にしておいて、靖国神社に祀って、それが戦後の繁栄の礎になったなどという美辞麗句は歴史の事実を隠すものですよ」
(粟屋憲太郎・立教大学教授  2006/08/28付 同シリーズ 15)

-End-

A級戦犯も人間であって、苦悩もあったと思われる。戦争に向かっていった時代の波にあらがえなかった面もあるだろう。だから彼らを残虐な悪魔と考えるのも、又靖国で神として祀るのも間違っている。人間がやらかしたことだ。靖国に一度祀ると一体の神になるから分祀できない等という論理も所詮人間が決めたことであって、内輪でしか通用しない。
まだまだ未完の問題が山積だ。東京裁判が原爆を裁かなかったことが、中々核廃絶とならない今に繋がる。国連を無視して、イラク戦争を始めた傍若無人の米国。そして、東京裁判に関わらず、日本人は自らの手で戦争責任を追及し、考えることをやめてはいけない。記憶を葬った時が、新たな間違いの始まりであると考える。
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Sunday,10/09/2006
安部人気、イメージ先行の軽さ
安部が、「自らの靖国神社参拝の有無を明らかにしない理由について『外交、政治問題に発展させようという、よこしまな人たちがいるのであれば、何も今宣言する必要はない』と発言」(09/05付朝日新聞朝刊)したそうだが、元々この件を政治問題にしたのは「8/15に靖国参拝する」ことを総裁選で公約した現首相の小泉であるから、安部のこの発言は全くの見当違いである。

以下、09/09付朝日新聞朝刊オピニオン面 「私の視点 ウイークエンド − 自民総裁選どう見る − 安部氏は歴史認識を語れ」(山口二郎・北海道大学教授・政治学) ウェブ上再録

安部氏が総裁選で圧勝する勢いだが、私には、なぜ安部氏の人気が高いのか、いまだによくわからない。対北朝鮮政策では、ある種の存在感を示したとはいえ、何しろ官房長官以外に閣僚経験がなく、政治家として評価する材料がない。
小泉首相が可愛がって後継者にしようとしていること、ポスト小泉好捕のなかでいちばん若いこと、そして岸信介元首相の孫、安部晋太郎元外相の息子という毛並みの良さ。そうしたことからくる、根拠の弱い、ふわっとした大衆人気のようなものがあって、それが自民党のなかに反映され、安部氏に乗っかるというなだれ現象が起きた。政治家自身が大衆化してしまったということなのだろう。
そして、なだれ現象の大きな要因となったのは、小選挙区制のもとで小泉首相が党内の中央集権化を進め、反主流派の居場所がなくなってしまったことだ。
加藤紘一・元幹事長の実家が放火された事件で自民党の反応が鈍かったのは、小泉、安部両氏がなかなかコメントを出さず、彼らが何を言うか、皆が様子見を決め込んでいたからだと聞く。基本政策を軸にして党を統合することが間違っているとは思わない。だが、権力者の顔色をうかがって、暴力による言論抑圧のような重大な問題にまで口をつぐむのでは民主主義の破壊だと言わざるを得ない。
政策面を見てみると、安部氏は教育改革に熱心だというが、著書「美しい国へ」を読んでも、「モラルの回復」といったたぐいの「お説教」ばかりが目立つ。いまの教育がかかえる一番の課題は格差だ。恵まれない家庭環境の子どもが大学に進学できる仕組みをつくることは、安部氏が重視する「再チャレンジ」の発想にもつながると思うのだが、そうした社会の仕組みづくりへの言及は乏しい。
そもそも、政治家が「美意識」を前面に掲げること自体に違和感を覚える。「美しくないもの」の排除につながり、ブレーキが利かなくなる危険をはらんでいる。
また、安部氏は戦後の民主主義は敗戦によってもたらされたことをどう考えるのか。安部氏の言う「戦後レジームからの脱却」と、民主主義の擁護は矛盾する。民主主義という価値は歴史認識と不可分であり、それは靖国参拝問題と直結する。安部氏はこの問題から逃げてはならない。
安部氏は外交面では小泉首相の国家主義的路線を基本的に継承し、経済政策など内政面では官僚依存を一層強めるだろう。自民党と民主党でかみ合った論争をすることを期待したいが、心配なのは、米国でキリスト教原理主義者・ネオコン(新保守主義者)と穏健リベラルの間で、対話不能なまでの分裂が生じているのと同様の状況が、日本の言論界にもみられることだ。
もともと保守的とされた人が歴史の現実を踏まえて論を立てても、聞く耳を持たない狂信的な人々がおり、まさにそうした人たちが安部氏のブレーン集団を形成しているのである。こうした分裂が政治にまで持ち込まれたら、説明抜きの小泉流にさらに輪をかけた不毛な対立に陥ってしまうに違いない。

-End-

私は山口氏のご意見に同意する。実際、朝日新聞の全国世論調査に於いても、安部の人気の理由は「人柄やイメージ」が44%と最多で、イメージ先行であることが分かる。軽い。
安部はコメントで「美しい国、日本」、「美しい日本」等と繰り返しており、キャッチフレーズにしたいようだが、非常にあいまい。大江氏じゃないが、正に「あいまいな国、日本」の典型だ。
又、安部は「歴史問題に関連して『(先の)戦争はどういう原因だったか。どういう相互作用があったのか。国策の決定とかかわりがあったのか。そういう問題については歴史家に任せるべきではないか』と語った」(09/08付朝日新聞朝刊)そうだ。首相を目指そうという人間が国の重要な歴史について明確な認識を語らないのは無責任ではないか。我が国が先の大戦に於いて国策を誤ったことは明白であり、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」(95年の村山首相談話)ことを痛切に反省し、心からお詫びするのは真っ当な認識である。自虐史観ではない、現実的なだけである。
総裁選で優勢と言われる人間がこんなあいまいで、言葉を濁そうという姿勢では、先が思い遣られる。
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Saturday,26/08/2006
fricca
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fricca かっぱ
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Tuesday,15/08/2006
故人を追悼するということ
小泉が首相を辞める日は刻一刻と近付いている訳ですが、本日、首相としては最後になると思われる靖国参拝を決行した。とにかく最後までぶれない姿勢を貫きたいらしい、そしてそれを国内外にしっかり印象付けて辞めたいらしい、その表れだと思う。これまで「靖国参拝は心の問題」と馬鹿の一つ覚えのように言ってきた小泉だが、それだけ靖国参拝に拘るなら、「首相を辞めても続けろよ」と言っておく。首相を辞めた途端、急に興味が無くなって、靖国参拝も辞めるなよ。首相を辞めればメディアに追われることも無くなるだろうし、それこそ毎日でも参拝したらどうか。
私が思うに、戦争犠牲者に限らず、故人を追悼する思いというのは、時と場所を選ばない。常に、又折に触れてその人のことを思うこと、その人を忘れないこと自体が追悼になる。だから、ある日ある時、形式張ってどこに参拝した、というのは、私に言わせればポーズでしかない。靖国に限らず神社仏閣詣で、墓参り等も然りである。仮に魂というものが存在するとしても、何も墓周辺だけに存在するものでもないだろう。これは宗教の問題であって、日本人は無宗教の人が多いとされるが、実は多くの面で宗教の影響を受けていると思われる。私はまず葬式仏教に懐疑的であるから、丁度この時季行われる法事なんて胡散臭くて堪らない。5分ほど経を唱えて、暗黙の内に布施を要求する。あんなもので故人の魂が慰められたり、無念さが晴らされたりするとは思わない。汗水垂らして働いてお金を稼いでいる一般社会人から見れば、本当馬鹿にしていると言わざるを得ない。ちなみに、葬式仏教に関しては、島田裕巳著『仏教は何をしてくれるのか』を参照されたし。また戦争関連では、ヴィクトール・E・フランクル著『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』をお薦めする。これは私が大学時代に、ゼミで扱っていた書です。非常に重いが目を逸らしてはならない現実がそこにあります。この書に出会えて本当に良かったと思っています。
宗教、思想は個人個人の問題であるから、一度国民一人一人が深く考えてみるといいと思う。
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Saturday,22/07/2006
やる気が無いなら、辞めたらどうだ
07/19付朝日新聞夕刊 「窓 論説委員室から」 ウェブ上再録

ラクダに乗っているときか

イスラエルによるレバノン攻撃が拡大している。いま、出張でアラブ首長国連邦(UAE)に来ているが、当地の新聞は新たな戦争が始まったかのように連日、大きな見出しで報じている。
そんなところに、なんとものんびりした写真に出くわした。中東歴訪でヨルダンを訪れた小泉首相が、世界遺産のペトラ遺跡を見学したときのものだ。
サングラスをかけた首相がラクダにまたがったり、赤白の市松模様のアラブずきんをかぶったりしてはしゃいでいる。
近隣国の住民たちが戦火の下で逃げまどい、国際社会の外交が問われている最中である。わが首相ののんきな姿には強い違和感を抱かざるを得なかった。
アラブのことわざに「失意に打ちひしがれた者は、ラクダに乗る」というのがあるそうだ。現実から目をそらすには砂漠に逃避するしかない、との意らしい。知人の地元記者は「写真を見て、みんなで噴き出した」とも言った。
中東の地を日本の首相が訪れるのはいい。大したことができるわけではないが、それでも日本が関心を持ち続けていることを中東の人々に示すことができる。地域の首脳と意見を交わすところまではよかった。
だが、この写真ですべては台無しだ。「中東理解の低さや紛争調停力の無さが、見事に象徴された写真だった」と、ドバイにいるイラク人学者は分析した。
首相は「修学旅行」の気分だったのだろうか。
<定森大治>

-End-

恥である。小泉は明らかにモチベーションが下がっている。既にライフワークの郵政民営化が決まった時点で終わっていると言っていい。やる気が無いなら、総裁選を前倒しして、辞めたらどうだ。馬鹿を諸国に宣伝して回ってもらっては困る。恥ずかしい思いをさせられるのは日本国民である。
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Sunday,09/07/2006
Bank Band with Salyu / to U
この前"Words"でも書きましたが、こちらでも触れておこう。この曲、2006/07/19に発売予定だそうです。何回聴いても、思いの深さに打たれます。是非、多くの方に聴いて頂きたいと願っています。

誰かを通して 何かを通して
思いは繋がっていくのでしょう
遠くにいるあなたに 今言えるのはそれだけ
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Sunday,19/02/2006
torino 2006
ここまでで特におもしろかったと思うのが、スノーボードクロス。今大会から加わった種目だそうで。スノーボードと言えばハーフパイプを想像してたんで、こんな競技があったんだーと新たな発見でした。予選は1人で滑り、タイムを競います。これは滑降のスノーボード版みたいな感じ。見所は4人1組で滑る決勝。ものすごい臨場感です。狭いコースなだけに、接触転倒の確率も高い。一瞬にして大逆転があり得るということで、ほんと最後まで目が離せない。見る方も正に手に汗握るスポーツですね。
カーリングも、昨日のカナダ戦と早朝のスウェーデン戦LIVEで見ましたが、日本代表かなりいい試合してました。相手はどちらも強豪だそうで、カナダには5-2で勝利、スウェーデンには7-8の惜敗、大健闘でした。スウェーデン戦、日本は前半からずっとリードしていましたが、第9エンドで6-7に逆転されます。しかし第10エンドで7-7に追い付き、延長戦に突入。第11エンドは後攻のスウェーデンが有利。日本はガードを固めたが、スキップ・ノルベリはそれを掻い潜って最終ストーンを真ん中に入れた。さすがと言うほかないでしょう。1試合を通してものすごいレベルの高い攻防で、わくわくしましたねー。カーリングはビリヤードの床版ですかね。かなり頭を使う競技。距離、角度、ウェイトで緻密な計算が必要。局面局面でのせめぎ合いがすごいです。
トリノ五輪、今後も楽しみが続きます。
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Monday,06/02/2006
アンフェアなのは誰か?
『アンフェア』 関西テレビ

井上順(爆)。自分で書けよ( ̄ー ̄;!「ところで…、平井の代わりは見付かったかい?」て、全く自分で書く気無いんか!、と。ちなみに、わざとらしいぐらい、いかにも悪そうな井上順の演技もアンフェア( ̄ー ̄;。しかし、実はどの事件にも関与してなくて、ただ利用されてるだけのような。秘書の女が怪しいな。過去の事件で雪平に撃ち殺された未成年犯の姉、とか?
瀬崎が(第1の事件の)犯人だったのは、在り来たりな展開で残念。もう一捻り欲しかった。栞がジャケットのポケットに入れてあった時点で、この人が犯人の線は濃厚。しかし、小説の為だけに、自分を慕っていた部下の女の子まで殺すか?異常者だったら何でもあり、ということになってしまうのはなあ…。瀬崎がそこまでするキャラのようには見えないんで。…もう一捻り、あるかも知れませんね。
さて、明日はどうなる?
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Tuesday,17/01/2006
アンフェア
関西テレビ

ここ数年邦ドラは見てなかったんですが、「アンフェア」というタイトルに惹かれて見出した。篠原涼子がいい。彼女は(コムロ系の( ̄ー ̄;)アイドル歌手出身ですが、年を取る毎にいい味を出す俳優になってきましたね。宮沢りえもそうですね。何とも言えない佇まいがある。2人とも、今後日本を代表する俳優になっていってほしいと思います。
内容ですが、刑事ものですね。私結構好きで、弁護士もの等も。雪平(篠原)は魅力的な人物です。過去になんかあったよう…。今後の展開が気になりますね。
これを機会に「フェア」について考えてみたこと。「フェア」でありたいと思うし、そうあるように努力する。仕事では、特にそうだ。誰もがそうあるように努めれば、偽装問題なんて起きない。しかし、自分を「フェアな人間だ」とは思わないこと。逆に「自分はフェアな人間だろうか」と疑ってみること。「自分はフェアだ」と思い込んでる人間(又は国)に限って、間違いを犯している。以前フラン(Travis)も「いつも疑問を抱く」ことだと言っていたが、自分自身をも疑ってみるのも大事なことですね。
…やはり連ドラは見出したらやめられないですね。よっぽどおもしろくなかったら、やめるけど(^^;)。
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Sunday,01/01/2006
年頭のご挨拶
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

戌年ではありますが、米国にしっぽを振るのはいい加減やめて頂きたいと思いますね>我が国。
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